(泡の研究)
世の中には奇特な人がいるものです。シャンパンの泡について、詳しく研究している学者がいます。ジェラール・リジェ・ベレールというフランス・シャンパーニュ地方にあるランス大学の物理学の先生です。彼の著した「シャンパン 泡の科学」にはシャンパンの泡について、泡の正体、発生のメカニズム、泡の香りへの影響など興味深い研究成果が述べられています。
例えば、「きれいすぎるグラスでは泡は立たない」「ビールの泡とシャンパンの泡は大きさや固さが違う」。
シャンパンなどスパークリングワインは、白・赤ワインとは一味違った魅力を持っています。その秘密は泡にあることをこの書を読むと改めて思い知らされます。
今回のブログの記事では、この書で明らかになった意外なこと、好奇心をかきたてられた内容をお知らせしたいと思います。シャンパンを飲むとき、立ち上る泡の実態を知って飲むと、その味わいが以前とは違った特別さを感じます。
(立ち上る泡の数)
シャンパンには二酸化炭素が溶けています。瓶の中のガス圧は5~6気圧。他のスパークリングワインと比べても高いガス圧です。水深50mの水圧、もしくは、自動車のタイヤ圧力の3倍もあります。こんなに高いガス圧なので、瓶のコルクを抜くとワイン液体に溶けているガスが一気に噴き出します。
そして、シャンパングラスにシャンパンを注ぐと、数秒のうちにグラスの液面が泡で満たされます。そして液中には多くの筋状の泡の列が一列になって立ち上っていきます。
一体この炭酸ガスはどれくらいの量があるのでしょうか?シェラール氏によれば、100mlのシャンパンには1.2gの二酸化炭素(以下CO2という)があります。全部が泡として立ち上るとすると泡の数は110万個にも及ぶそうです。平均の直径0.5mmの球形としての計算です。
シャンパンの液体中のCO2は空気中に抜けていくのですが、実験では、液の上面から直接抜けていくものが全体の8割、残りの2割が泡として立ち上って液面にたどり着き空気中に抜けていったのだそうです。このため立ち上る泡の数は計算上約20万個です。実際、私たちが目に見える泡は、次節で述べるようにグラスの状態によって違い、これほど多くを見るとは限らないでしょう。しかし、何と多くの泡が立ち上っていることでしょう!
(綺麗なグラスでは泡は立たない)
私たちはグラスに次いだら泡は立つものと思っていますが、必ずしもそうではありません。もし半導体を造るようなチリ一つないクリーンな部屋で造られたグラスに注がれたら泡は立たないというのです。
なぜか?それは泡が立つのは泡が立つ起点ともいえる「エアポケット」がグラスの内側にあるからだそうです。どんなにきれいに洗って乾かしたグラスでも、布で拭いたりすれば目には見えないほどの極微細な繊維が付きます。また、乾かしている間には空気中を漂っている目には見えないほどの不純物が付きます。この不純物は大半が紙や布からはがれたセルロース繊維(細長く中が空洞のもの)です。このセルロース繊維はシャンパンがグラスに注がれても、微細な空洞部には空気が残ります。
このエアポケットの中の空気は空洞入口付近で球状の泡となり、盛んにCO2を取り込みます。大きくなった泡は一定の大きさになると、セルロース繊維から離れ浮力によって泡として立ち上っていきます。
そして、離れた泡の後には、次の小さな泡があり、これにもCO2が入り込んで先の泡と同じように大きくなっていきます。そして、セルロース繊維から離れて、前の泡の後を追うように上昇してゆきます。
これが繰り返され写真のような「立ち上る一列の泡」になってゆきます。このように泡が立つのはグラスの内側に泡を形成させる不純物があるからです。ですから綺麗すぎるグラスがあるとすれば、そのグラスでは泡が立たないという事になります。
「泡は不完全さから起こる。」何とも奇天烈な現象です。
ちなみに、グラスに泡が立たないのではシャンパングラスになりませんから、製造メーカーは現在、レーザーを使ってグラスの底に泡を生みだすための微細な凹凸(おうとつ)処理を施しているそうです。
ちなみに、G.H.MUMMのグラスの様子を記載しています。
⇒こちら をご覧ください。
(泡は一瞬にして1000倍にも大きくなり、香りも運んでいる)
セルロース繊維から離れて上昇していく泡は、さらにCO2を取り込み続けます。液に溶けているCO2は、溶ける限界を超えている過飽和状態にあるので行き場を求めていますが、そこに泡があれば泡に入っていきます。泡は大きくなりながら上昇してゆくのです。
ちなみに、泡が最初にできるエアポケットで最初にできる泡の直径は0.2μm(0.0002㎜)程度、液面に到達するころには1~数mmとなっていますから、1000倍にもなります。しかも上昇していくスピードは15~30㎝/sで、グラスの深さが10cm程度ですから泡は1秒もかからないうちに大きくなって液面に到達します。
さらに注目に値するのは、泡が運ぶのはCO2だけではないということです。シャンパンの成分は、水分やアルコールが大半を占めますが、一部のアルデヒドというものや有機酸があります。これらは香りの成分ですが、界面活性という性質を持っていて、泡の表面につきます。そして泡とともに液面まで運ばれます。もし泡がなければくっつくことなく液の中に居続けるこれらの成分は、泡に大量に付着し空気中に近い液面まで運ばれていきます。