安倍川餅(石部屋)

安倍川餅の「そうだったのか!」

昨年10月にアメブロに安倍川餅のブログを書きました。

「安倍川餅に見る「元祖」と「名物」の違い」⇐こちらをご覧ください。

今年4月に安倍川の本場店舗を訪れましたので、再度最新情報をお伝えすると同時に、安倍川餅の「そうだったのか!」を記してみます。

 

安倍川餅は「安倍川餅」とは呼ばれてはいなかった。

 今でこそ安倍川餅は「安倍川餅」と呼ばれその名が一般的ですが、江戸時代には別名で呼ばれていました。別名は「5文どり」(ごもんどり)。「文」とは当時の貨幣の単位です。値段が5文した餅という意味です。

 江戸中期に書かれた、滑稽本・東海道中膝栗毛には「5文どり」の記載があります。二人の弥次郎兵衛と喜多八が、宿を立ち駿府の安倍川に差し掛った時の様子です。

 

「爰は名におふあべ川もちの名物にて、両側の茶店、いずれも綺麗に花やかなり。」
「めいぶつ餅をあがりゃあアし。五文どりをあがりゃあアし、あがりゃあアし」
「おいらアゆふべ二朱がもちをくって来たから、モウここではくふめへ」
「そふさ、そふさ」』
安倍川餅(石部屋)

と軽口を叩きながら安倍川に着きます。


 茶店から「名物餅を召し上がりませんか、5文どりは如何ですか、召し上がりませんか」との声が掛かったとあります。


 このように、少なくとも江戸中期では安倍川餅はこの時代、「5文どり」と呼ばれていたようです。ちなみに、弥次郎兵衛と喜多八は川越人夫に騙されて一人六十四文も払ってしまいます。二人は、駿府(静岡市)出身で地元出身にもかかわらずです。お調子者だったのですね。

安倍川餅(石部屋②)

「5文どり」はどうして安倍川餅と呼ばれるようになった?

 それでは、5文どりはどうして安倍川餅と呼ばれるようになったのでしょうか?
 言い伝えによれば、

「江戸時代の初めごろ、安倍川の上流では砂金の採掘が盛んでした。その川岸には、採掘現場の労働者や、砂金の取引をする商人などを相手に、茶屋が幾つも立ち並んでいたと言います。そんな茶屋では、つきたての餅に黄な粉と砂糖をたっぷりとまぶした菓子を、お茶うけとして提供していました。

 ある時、安倍川を渡るために訪れた徳川家康の一行が、お茶屋の1つに立ち寄ります。そこの店主がこの餅を献上したところ、家康は興味津々に餅の名を尋ねます。

石部屋

 そこで店主は「安倍川の砂金に見立てた、金粉餅」と、臨機応変に紹介。これに家康は大いに感心して、改めて「安倍川餅」に命名された。」とあります。


このように徳川家康が命名したという説がありますが、少なくとも江戸中期までは「5文どり」とも呼ばれていました。東海道を旅する人々の間では安倍川の茶屋で売られていた名物として有名だったため、次第に安倍川もちと呼ばれるようになったのかもしれません。

安倍川餅(謂れ)

安倍川餅は高級な名物?

 また、5文は高額だったとのエピソードがあります。『五十三次江戸土産』にはこんな逸話があります。

「伊勢参りの男が一盆五文のつもりで食べたところ、一個五文と聞いてびっくりした」と。

 ただ、「5文どり」は最初5個で5文だったようですが、いつの時期か1個で5文となったとも言われていますから、いつの時代にも名物は人気が出ると値段は跳ね上がってくるものですね。

安倍川餅(店内用)

5文とは本当に高い?

 ところで、この5文とは現在価値ではどれ位でしょうか?

 貨幣博物館では1両の目安を、江戸時代初期で約10万円、中期~後期で4~6万円、幕末で4千円~1万円と解説しています。また、1両は江戸初期(1609年~)では4000文、中期(1700年~)では4000文、後期(1842年~)では6500文です。
 ですから、東海道中膝栗毛(1802‐09)が書かれた江戸中期では1文は10~15円です。
1粒5文は50~75円といったところです。 当時、農民の年間所得は約100万円と言われています。現在よりは収入が少ない時代に庶民にとっては1個5文は高額と捉えられたのでしょう。

今も同じくらいの価格

 この4月に石部屋を訪れました。店で食べることのできる安倍川餅は2種類。

・こし餡で包んだ餅と、きな粉と砂糖をまぶした餅のセット。
・からみ餅

 持ち帰り用は「こし餡で包んだ餅と、きな粉と砂糖をまぶした餅のセット」のみです。
 餅は、注文を受けると、湯煎して親指大に手で絞り、「きな粉餅」は黄な粉をたっぷり入れた桶の中に落とし、まぶします。盛り付けの際、白砂糖が上からかけられています。
「あんこ餅」は漉し餡をつけ、指先で丸めていきます。
「からみ餅」はワサビ醤油で食べるので店内のみでの販売です。
お土産用を見ると、写真でわかるように、27個入りで1900円、36個入りで2500円。最近、値段は上がっていますが、1個あたり約70円ですので江戸時代と同程度の価格のように思えます。

安倍川餅(土産物)

土産物用はデリケート

 石部屋のお土産用安倍川餅は、ふんわりした餅ですので、傾けると形が崩れます。傾けないように持ち運びが求められます。しかも、賞味期限が翌日中です。まさに生菓子扱いです。

 新幹線駅で売られている安倍川餅とはトロトロ感には一線を画しており、だからこそ通信販売や別店舗販売を行っていないのだと思います。似て非なる安倍川餅です。

安倍川餅(パッケージ)

美味しさの反面・・・

 石部屋のレビューの中には、サービス面で芳しくないものがあります。第一印象で損しているように思えて残念。これもまた、老舗であるがゆえの弱点でしょうか・・・。

 畳の座席の壁には、ここを訪れた著名人の感想の木札が吊り下げられていました。気になったのは、比較的年配の著名人ばかりであること。若年者がいないのは安倍川餅という和菓子だからでしょうか・・・。

安倍川餅(木札)

もう一軒の店「かごや」

 ちなみに、石部屋の西側、一軒置いた安倍川側に「かごや」があります。
先のブログでも紹介しまし、訪れてみましたが、あいにく休みでした。
かごやは週に1日の営業のようで、月4~5回しか空いていません。訪れる際は営業日を確認する必要があります。4月の営業日は日曜日のみでした。

 

安倍川餅(石部屋)
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